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富山地方裁判所 昭和30年(行)1号 判決 1956年4月26日

原告 村本金作 外五名

被告 富山県知事

補助参加人 大山町

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用及び参加費用は原告等の負担とする。

事実

原告六名訴訟代理人等は次のようにのべた。

第一、請求の趣旨

被告が、(一)昭和三〇年二月一二日富山県達第二〇号をもつてした富山県上新川郡大山町のうち、同町大字中知山、和田、小見、亀谷、本宮、原、同町大字水須字風吹割及び同町大字才覚地字川戸割の区域を、同県中新川郡立山町に編入する勧告及び(二)同年三月二八日付をもつてした、同区域分離の住民投票請求は、いずれもこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、富山県上新川郡旧上滝町、旧福沢村、旧大庄村、及び旧大山村の一町三村の合併手続は次のようにしてされた。

(一)  境界変更に関する意見書について、

(1) 被告は、富山県下の町村合併計画を樹立するため、地方自治法(以下法という)第八条の二第二項により昭和二九年八月二七日旧大山村に対し、旧上滝町、旧福沢村、旧大庄村及び旧大山村が合併することについて意見を求めた。

(2) 旧大山村議会は、同条第三項により、同年九月一四日右計画について審議の結果、賛成八票、反対七票で同計画に賛成する議決をした。そこで旧大山村長は、同月一五日被告宛右議決のある意見書を提出した。

(3) しかし、旧大山村のうち、同村大字本宮の住民は、右合併に賛成であつたが、同村大字中知山、亀谷、和田、原、真川、粟巣野、及び小見(以下小見地区と略称)の住民の大多数は、右合併に反対で、土地の位置、交通その他自然的条件並びに経済的関係から、旧大山村は、同郡立山町に合併されるべきであると主張し、町村合併促進法(以下促進法という)第一〇条第二項により、同地区の有権者数八一九のうち大山町への合併反対署名者五九九の法定数(同条によると、地域に属する有権者総数の五分の三以上)の連署を得て、その代表者により同年九月三〇日同村長に、右計画に対する反対意見書を提出した。

(4) ところが、右意見書に対し、同村長は、促進法第一〇条第四項により、同年一一月五日、旧大山村の意見として、原案に賛成である旨(賛成一〇票、反対四票)の意見を付して被告に提出した。

(二)  大山町の設置について、

(1) 関係町村長は、同月五日法第七条第一項により連署の上、新大山町設置申請書を被告に提出し、富山県議会は、同年一二月一八日同項により大山町の設置を満場一致で議決し、被告は、昭和三〇年一月一日から、大山町を設置することを決定して、直ちに内閣総理大臣に届出た。

(2) ところで、右富山県議会が、右議決をするに先だち、被告は、右小見地区の住民の意思を汲み、同地区の代表者に、一応旧大山村も大山町に合併した上、促進法によつて、同月四日同地区を立山町に編入する分離勧告手続をとる旨確約した。

(三)  勧告及び住民投票の請求について、

(1) 被告は右確約にもとずいて、同月二七日富山県町村合併促進審議会の議決をえて、同年二月一二日、促進法第一一条の三第一項により、請求の趣旨第一項の(一)記載の勧告をした。

(2) 大山町議会は、同年三月一二日促進法第一一条の三第二項により、右勧告の審議をした結果賛成五二票、反対三票で、右勧告を拒否する旨の議決をした。

(3) そこで被告は、同月二八日同条第三項により、請求の趣旨第一項の(二)記載の投票請求を大山町選挙管理委員会にした。同委員会は、同年四月一六日同条第四項で準用される促進法第一一条第三項によつて住民投票を執行した結果、投票総数九八七票、賛成六〇四票、反対三七八票、無効五票となり、有効投票総数の三分の二以上の賛成が得られず、結局小見地区は、大山町から分離して立山町に合併編入できなくなつた。

二、右手続のうち被告がした勧告及び投票請求には、次にのべるような瑕疵がある。

(一)  右勧告により立山町に編入される地区のなかに、大山町大字本宮が含められているが、同部落は、大山町に合併されることに全員賛成であつたから、従つて、立山町への分離合併には、絶対反対であることが明白であつた。それにも拘らず被告は、同部落も含めて、同勧告をしたのであるから、最初から、右勧告どおり、小見地区が立山町に編入合併される見通しはなかつたわけである。

(二)  従つて右勧告は、立山町に編入合併することの絶対反対であつた本宮部落を勧告地区から除外しなかつた点は、同部落の住民の意思に反し、かつ、右部落を除く小見地区の意思にも反してされたもので、しかも、最初から、全然、勧告どおり、編入合併の見通しがないのに殊更されたものであるから、(一)勧告は、住民多数の自由な意思にもとずく合理的要望であることを要し、(二)住民投票によつても充分分村が成立する見込がある場合であつて、(三)関係地域が妥当であることを要求している、自治庁決定「境界変更勧告取扱要領」に反するばかりか、促進法の町村編入勧告をなすべき根本趣旨にも、もとる違法な行政処分である。

(三)  従つて、違法な勧告にもとずいて被告が、大山町選挙管理委員会にした小見地区の住民投票の請求も違法である。

三、小見地区の住民は、右勧告どおり立山町に編入合併されれば、立山町の住民として、同町の財産学校消防その他の文化的施設その他を享有する権利及び利益を得ることになるから、右勧告はその可能性を有する訳で、住民としては、どの市町村に属するかについて重大な利害関係がある。それ故にこそ、促進法第一〇条によると、市町村の住民は、有権者五分の三以上の連署をもつて知事に境界変更の意見を提出することが認められておるのであつて、住民は、知事の勧告に対し単なる事実上又は感情上の利益ばかりか法律上の利益を有しているものと解する。

従つて、本件においても違法な勧告により小見地区住民は、直接法律上不利益を受けたから、原告等は、同地区の一住民の資格で、被告の右違法な勧告及び住民投票の請求の各取消を求める。

第三、被告及び補助参加人の申立に対する答弁

一、右にのべたように、原告等は、右勧告及び投票請求により、直接法律上の利益を害されたものであるからかゝる場合は、特別の規定がなくても、一般住民の資格で提訴出来ると解する。

二、被告がした右勧告及び投票請求は、法規にもとずきなされた行政法上の意思表示で、住民を直接拘束する法律上の効果をもつから、従つていずれも行政処分である。

三、勧告及び投票請求が、当該関係市町村及びその各選挙管理委員会に対してされるものであることは、認めるが、それ故に行政機関相互の問題で住民の関知するところでないとの解釈は、促進法第一〇条が住民の境界変更に対する法律上の利益を保護する法意に反する。

四、勧告及び投票請求が、知事の自由裁量に属することは認めるが、本件の場合、被告は、勧告どおり小見地区が分離合併される見通しがないこと明瞭であるのに、強いて旧本宮部落を含めて勧告したもので、自由裁量権の濫用である。

被告指定代理人等及び補助参加人訴訟代理人は次のようにのべた。

第四、本案前の申立

主文同旨の判決を求める。

第五、その理由

原告等の本件請求は次の理由により、不適法で却下を免れない。

一、原告等には訴権がない。

本件訴は、一般住民の資格で提訴したものであるから、所謂民衆訴訟に属するが、このような訴訟は性質上、当然には裁判所法第三条にいう「一切の法律上の争訟」に含まれず、従つて法律に特別これを許容する規定がある場合にのみ提訴出来るものと解する。ところで、本件のような訴訟の提起を許容した法律の規定は見当らない。

二、本件訴には、目的物がない。

行政訴訟を提起するには、行政処分がなければならないこと当然であるが、原告等が取消を求めている勧告及び投票請求は、被告が法第七条により境界変更の決定という行政処分をするための事実行為で、何等直接個人の権利を侵害する処分的な内容をもたないから、これらは、いづれも行政処分でない。そうすると、原告等が行政処分もないのに本訴を提起したことになり訴の目的を欠く。

(三) 原告等には、右勧告及び投票請求の取消を求める法律上の利益がない。

被告のした勧告は当該関係町村に対してなしたものであり、投票請求も、その選挙管理委員会に対してなしたもので、いづれも原告等住民に対するものではない。それ故、住民としては、直接何等の権利をも害されないから、これらの取消を求める法律上の利益がない。

(四) 仮りに、これらが行政処分であるとしても、これらは被告の自由裁量処分に属するもので従つて当不当の問題は起り得ても、適法、違法の問題を生ぜず、取消の対象とならないこと明白である。

理由

按ずるに、原告等は、本訴で被告が昭和三〇年二月一二日富山県達二〇号をもつてした富山県上新川郡大山町のうち同町大字中知山、和田、小見、亀谷、本宮、原、同町大字水須字風吹割及び同町大字才覚地字川戸割の地区を同県中新川郡立山町に編入する勧告及び同年三月二八日付をもつてした右地区分離の住民投票の請求はいずれも違法であるとして、同地区の住民としてその取消を求めているが、右勧告及び投票請求は、地方自治法第七条により、被告が町村の境界変更処分をするために執られる手続で、前者は、当該関係市町村に(町村合併促進法第一一条の三第一項)后者は、その各選挙管理委員会に(同条第三項)対してされるものであるから、(この点について当事者間に争がない)いずれも当該関係市町村の権利義務に直接変更を加えることを内容としたものではないこと明白である。原告等は、勧告及び投票請求により、どの町村に属するかゞ決定される可能性を生じ、而してどの町村の住民になるかということは、住民として重大な利害があるから、かゝる重大な結果をもたらす限り、勧告及び投票請求に対し、直接法律上の利害があるというが、どの町村に属するかについて住民としての利害が重大であることから、直ちにそれが法律上の利害となるわけではなく、たかだか、右利害は、事実上若くは感情上のものと解するのが相当である。従つて、原告等は、右勧告及び投票請求そのものの適否について訴を提起する法律上の利益を有しないものといわなければならない。(最高裁判所昭和三〇年一二月二日判決同裁判所判例集第九巻第一三号一九三〇頁参照)

よつて原告等の本件訴は、その余の判断をまつまでもなく不適法であるから、却下することとし、民事訴訟法第八九条、第九四条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 布谷憲治 野村忠治 古崎慶長)

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